花菖蒲 2
引き続き花菖蒲の話です。
花菖蒲はいつ頃から栽培されるようになったのか、はっきりした事はわかりませんが、花菖蒲が最初に文献に登場するのは、平安時代後期から鎌倉時代初期に在世した、大僧正慈円の歌を後にまとめた拾玉集という和歌集の中にある、「野沢潟雨やゝはれて露おもみ軒によそなるはなあやめかな」という歌です。
「はなあやめ」という言葉は花菖蒲の古語であり、はなあやめを漢字で書くと花菖蒲となります。
そのためこの歌は、歴史上に花菖蒲が初めて登場する歌としてとても重要です。しかしこの歌に詠まれている「はなあやめ」が、本当に花菖蒲のことであるかどうかは疑問な点もあります。
次に室町時代、最古の花伝書とされる仙伝抄の十二ヶ月の花の個所に、五月五日のしんにははなしゃうぶとあり、花菖蒲が生け花の材料として使われていたことがわかります。
次に室町時代の後期になり、関白一条兼良は、当時の学問技芸を消息文に託した尺素往来の中で、庭に植えるべき花約80種を春・夏・秋・冬に大別し、その中の夏の花二十六品目の中に花菖蒲の名を入れます。
このことからもわかるように、花菖蒲は江戸時代よりも前から、園芸植物として栽培されていました。
しかし、この時代に栽培されていた花菖蒲は、今私たちが目にするようなりっぱな花菖蒲ではなく、たぶん花菖蒲の原種のノハナショウブか、またはノハナショウブの中から見つけ出された色変わりの花、例えば白花ノハナショウブのようなものだったであろうと考えられています。
そして、それらが人の手で一個所にまとめられ栽培されるうち互いに交雑し、さらに変化した花が現れるようになったのではないかと考えられています。
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